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ジャッジしない

「ジャッジ」をしない。そうすると本質が見える。
なんとなくわかったようで、わかっていなかったことが、
ストンと落ちました。

私は、2006年から北海道中小企業家同友会の
「経営指針委員会」に関わっています。

「あなたには、いま経営指針の勉強が必要よ。」と、
当時の私の状況をみた先輩の女性経営者の方が、
熱心に薦めてくださいました。

会社を何とかしなければと思っていた私は、
同友会はどのような会なのか、
さっぱりわからないまま研究会に参加したのでした。

※ 「経営指針委員会」が、同友会の会員が経営指針を勉強する「経営指針研究会」を運営しています。


当時の私、
決算書もまともに読めず、
経営用語もわからず、
社長とは何をする人なのかもあまりよくわかっておらず、
という状況でしたが、

「何かしないと会社がつぶれちゃう」
この想いだけで、
社長ではないけれど社長さんの中に混じって勉強させていただきました。

それからはや8年。

石の上にも3年というか、8年間ひたすら座っていると、
決算書が読めるようになり、
社長さんたちが言っていることもわかるようになり、
なぜ経営指針が重要なのかもわかるようになりました。
もちろん、まだまだ修行の身ですが。

経営指針研究会ではカリキュラムが決まっていて、
第1講では『人を活かす経営 中小企業における労使関係の見解』という本の読み合わせをします。

労使見解

私は何をするにも、どんな心構えでするかそのマインドが重要と痛感しているので、
経営者のマインドを学ぶ非常に大切な本だと思います。

ところが、

この本が最初に書かれたのは1989年であり、
その前の時代の経験を経て書かれているので、
2014年に読むととっつきづらいところがあるのですね。

そうすると、
「労使」という言葉が古いとか、
労働組合の運動はないとか、そういう感想が出てくるのです。

感想は個人の感覚だから、どんなことでもよいと思います。

この本は役に立たないとジャッジしてしまうか、
なぜ、この本が2014年の経営指針研究会でも使われているのかと考えてみるかで、
見えてくるものや、気づくものがちがうのだなと思います。

何を伝えたいのだろう。

古臭くて読む気がしないと判断したら、「労使見解」からの学びはあまりはありません。
思考がそこでストップするからです。

読みづらいけれど、何を伝えたいんだろうと考えたら、
そこから自分の経営に対するヒントが得られるのではと思います。

と、偉そうに書いている私ですが、
8年いてやっと自分の言葉になった程度。

質問家のマツダミヒロさんは、
自分の感情や価値判断で状況を決めてしまう「ジャッジ」をしないと言っています。
私、このジャッジをしないというのが苦痛で苦痛でたまらなかったことがあります。
誰があっていて、誰が間違っているとか決めたいんですね(^^ゞ

「労使見解」に関する討論があまり進まないのは、
参加者それぞれが
自分の経営経験などから「古い」とジャッジしているからなのだろうなと
今は思います。
表面的な言葉にとらわれていて、そのマインドを知ろうとしないことなのです。

経営者は「決める」力がないと会社をひっぱっていけません。
だからジャッジは必要なこと。

でも、世の中学校のテストのように、
正解・不正解がはっきりしているようなことはあまりありません。
経営者に求められる「決める」力は、
ジャッジをしてしまうのではなく、
たくさんの中から自分は何を選ぶか主体的な選択能力なんだなと
私は思います。

表面的なことに振り回されることなく、本質を見極める、
相手が本当は何を訴えたいのか考える。

難しいけれと、実践者でありたいと思います。
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Category: 会社経営

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