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壁にぶちあたるのはいいことかも

普通の人が、普通にすることができない。

一回で、一定時間に物事をこなすのが苦手なので、
普通だと言われることが、できない。 (^_^;)

子どもの頃の記憶では、

 ・幼稚園では、はさみでチューリップ型に切り抜けなかった
 ・小学校では、時計の計算と割り算ができなかった
 ・風船をふくらますことができずに、
  給食の時間も風船をふくらます練習をしていた


大人になろうとしているときも、

 ・まさに就活が始まるときに病気になり、
  3月にやっと就職が決まった

とまぁ、いろいろなところで苦労してきました。


こんな私でも、

持って生まれた才能があるとしたら、

それは、ささいなことに喜べること。

なので、なかなか楽しい人生を送っている。

なにせ、いつもできないので、

できたときの喜びといったら、尋常じゃない。

他人から見たら、何がそんなに楽しいのかと思うことでも、

本人にとっては、最大の喜びであるのだ。


そして、もうひとつ才能があるとしたら、

観察して、適合する能力かもしれない。

人間というか生き物は、生き延びるために、環境に適合しようと、

さまざまな変化をとげる。

進化はそうして起こる。

「なぜに、私はできないのだ。

 じゃあ、できることは何なのだ。」

はやくに、この問題にぶち当たったのは、ある意味ラッキーだったかもしれない。

本当に若い頃から、私はどうしたらいいのか考えていた。

そうして、周囲をじっと観察し、何ができるか調べ、できることを伸ばそうとしてきた。

そうしてみつけた私のできることは、書くことと話すことだったかもしれない。

人生の勝負という局面では、この2つで乗り切ってきた。

大学入試も、マークシート形式の試験はことごとく落ちたが、

論文形式の試験には受かっている。

卒業した大学の入試は、英語も、世界史も、現代国語も全部論文形式だった。

この試験の形式を知ったとき、希望が見え、やる気が湧いてきた。

一問一答式の試験ならば、答えを知らなければ0点の可能性がある。

でも、論文形式ならば、とにかく書けば道は開かれるのだ。

こんないい試験はないと思った。

だって、

世界史の問題でフランス革命は何年に起こったかという

問題だったら、正確な年号を書かなければ×。

でも、フランス革命はなぜ起こったかという

論文形式だったら、年号が間違っていても大筋があっていれば点数はもらえる。


なんて、すごいんだ。


そうして17歳の私は、

「私は勉強はできないから、英語と世界史と現代国語しか勉強しない。」

そう割り切って、せっせと論文を書いていた。

(親が聞いたら泣きますな。)


たぶん、その頃に、課題を読んで本質はどこにあるのかとか、

自分の考えを文章にするにはどうしたらいいのかとか、

訓練を積んでいたのだと思う。


大人になって、随分たつのだが、

できないことが多くていやになる自分がいて、

それでも、できることを探して奮闘していた若い私はえらい! と思うことがある。

あなたがそうしてがんばってくれたから、

今の私は、企画したり書いたりすることで生計を立ててるよ

満足と喜びのハードルが低いので、

そうやって自分を励ましているのである。




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Theme: つぶやき | Genre: 日記

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