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余裕のない世の中が悲しい

朝、新聞を読んでいたら、

保育園に通う女の子が、殺されたという事件が、、、
我が家と同じ、母1人・娘1人で暮らしていたみたい。
子どもを突然失ったら、私は立ち直れるかなぁ。

そんな風に思って出社。

で、mixiでせっせと広報活動をしているとき、
小学校1年生の男の子を殺したのが、お母さんだったと
ニュースで知りました。

よほど追い詰められちゃったんだな、、、
どんなに孤独だったのだろう。

どんな状況でも、どんなことがあっても、
人の命を絶つということは、絶対に許されないこと。

でも、そうまでするには、
本人にとっては相当の理由があったはず。

よくわからないけれど、
もしも、周囲の人も余裕があって、
誰かがその精神状態に気がついていたら、
違った結果になったかもしれないなぁ。

私はそんな風に思う。

ずっと、子どもと二人で暮らしていて、
何度か、この子がいなかったら、
私はもっと自由なのになぁ。

そんなことを思ったことがあったっけ。

だから、ふっと魔がさすような瞬間もわかる。

けれども、無条件に大人のことを受け入れ、
全身で大好きだよって表してくれて、
精一杯、自分の人生を生きている。

そういう小さな子たちの命を、断ってはいけない。

それは、自分自身も深く・深く傷つけてしまうこと。

そして、周囲も、
母親だから子どもを愛するのは当然と決め付けないでほしい。
ときには、疲れてそう思えないこともある。

私は疲労で点滴を打っているときに、
「お母さんは太陽のように明るくなきゃ。」
と言われて、悲しかったなぁ。

できることなら、そうしていたい。
でも、そうできないから苦しんでいる。

たったひとりでもいいから、
「苦しんだね。」
そうわかってもらえたら、随分気がラクになると思う。

状況は何も変わっていなくても、
わかってもらえた、受け入れてもらえたという気持ちは、
その人に安心感をあたえるから。

起こった結果に対して、
いろいろ言うのはカンタン。
誰でもできる。

それより、どうしたらこういう悲しいことが起こらなくなるか
考えたほうが建設的。

私は、心の余裕が必要なのだと思う。
ときには、すべきことがたくさんあって、
とても時間がないかもしれない。

けれども、もし余裕があったならば、
自分の近くにいる人たちのことを考える。
そういう時間を持ちたいなと思う。

人は、自分が苦しいときに、
意地悪したくなるし、残忍にもなるから。

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