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私はこうしてホームページ屋になった その2

せっせ、せっせとマニュアルを書いていた、2006年の秋。

「緑をみたら、メディアリュウムが思い浮かぶくらい、
 このブログを浸透させよう!!」

■テクニカルライターの部屋
http://plaza.rakuten.co.jp/technicalwriter/

私はこのように、
メディアリュウムのマルチメディア本部のスタッフに話をしていました。

パッケージソフトの価格は、どんどん安くなり、
昔は5万8千円くらいで売っていた商品も、
3980円~1980円で売られる時代。

製品本体が安くなった分、資材費も削られる。

だから、マニュアルの発注金額も、下がってきた頃。

マニュアル以外に、何か見つけないと売上げが確保できない。
だから、みんな。
営業もしっかりしようよ!! そんな想いをこめて言った言葉です。

執筆の範疇を、メルマガ・テキストなどに広げ、
かつ、今までIT業界のホームページしか作ったことがないけれど、
本格的にホームページもやってみよう...
それが、私の売上げ確保・upの考え方でした。

「ホームページとブログで、人脈が広がりました。
 仕事をもらえました。」

と話をするようになった頃とも重なり、

マニュアルの受注と、ホームページの受注量が逆転したのも
2006年頃からだったと思います。

そんなときにきたオファーが、

「一緒に、ホームページ事業を立ち上げましょう。」

このとき、私はホームページ事業のてこ入れをする。そう決めていました。

ですが、私はマニュアルを書かねば、、、そんなふうに思っていました。

ホームページは蝦名が中心でやり、
マニュアルは私が中心でやろう。

それが、、、2007年になって、、、

どちらかと言えば、
岸と蝦名が進めていたホームページ事業。

自分たちのホームページを企画し始めた2007年の2月頃から、
だんだんと、私がこの事業の仕事をすることが多くなりました。

事業体を作るとなると、人事の問題が絡んだことにも関係しますが、、、

まっ、カンタンに言えば、

冬はマニュアルは比較的仕事がないといいましょうか。

仕事がひまなのが、私しかいなかったといいましょうか、、、

WEBサクセスのホームページのコンセプトを決め、
ワイヤーフレームをつくり、
コンテンツを書き、
MovableTypeをカスタマイズする。

そして、二社での事業体を動かすため、
しくみはどうするか etc

ありとあらゆることを考えた二ヶ月間。

それまでは、
実際の仕事を通してホームページ作りを学び、
理論を体系づけて学ぶ時間があまりありませんでした。

ですので、いざ執筆しようと思っても、
本当に理解できていないということが多々あり、

短期間に大量に
ホームページビジネス・ホームページ集客について調べまくり状態。

そして、WEBサクセスというひとつのアイディアを、
ホームページというひとつの形に仕上げていくことが
とても面白く・興味深い体験だったのです。

新しい喜びの発見でもありました。

そして、このときの体験で、私は大幅に成長できた。
あとで振り返ると、そう思いました。

二人が忙しかったことに感謝です (^^ゞ。

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たぶん、ほかの二人がそれほど忙しくなかったら、
三人の性格と役回り上、
私はWEBサクセスの中心にはいなかったのではないかなぁ
という気がします。
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さて、無事にWEBサクセスのホームページが出来上がった頃、、、

今でこそ、

「岸さんと白藤さんって、兄弟みたいですね。」

と、言われますが、、、 (^_^;)

あまりにも、行動パターンが違いすぎ、

「WEBサクセス、いらない事件」が勃発したのでした。

(つづく)



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