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決めていること

正文舎印刷とメディアリュウムが共同で、ひとつのプロジェクトを動かす。

WEBサクセスは、そんな感じで始りました。
会社組織にするということは、想像できなかったのです。

・営業窓口が増えるといいな、、、

・せっかくオファーをいただいたのだし、やってみよう

こんな軽い感じでした。

その頃から、JVなどで他社さんと組んで仕事をすることは、よくあることでしたから。

ですが、、、

実際に、自分の理想とする動き方をしようとすると、
単なるプロジェクトでは、いろいろと不都合があることがわかりました。

それならば、いっそのこと株式会社にしよう。

もう少し複雑な事情がありましたが、簡単にいうとそのような感じです。

このとき決めたことは、

どんなことがあっても、
WEBサクセスがうまくいく方向で考えて、行動すること


会社組織といっても二社が共同で経営しているので、

WEBサクセスを作りたかった岸をのぞき、
ほかの役員は他人事だったり、
社員もなかなか理解できなかったり、、、

細々とした問題が起きます。

ひとつの会社でも、同じような問題はあるのですから、
WEBサクセスにこの手の問題が起きないはずはない。

この組織を大事にして、育てていくこと。
これが、WEBサクセスという会社に対してのミッションかなと思います。

※ お客様、仕事に対するミッションは別にあります。

分裂したら、私が買い取ってやるわ!!
 たかが、資本金。払ってやるわよ。


ある意味開き直ったら、あまり怖いものはなくなりました。
覚悟をきめて、進んでいくしかないですから。

============================

・会社を作る
・人員配置をする
・プロジェクトを動かす
・金額を決める

女性にとっては、わりと大きな決断をする立場の私。
ときには、決断がはやいと驚かれることもあり。

ですが、、、

コンビにでは、なかなか自分の食べるものが決められない。

「さおりって、いつも大きな決断しているのに、
小さなことでは悩んでいて、面白い。」

おにぎりか、パンかでさんざんまよった私を見て、
友人が言ったひと言でした。
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私はこうしてホームページ屋になった その3

「自分の正直な気持ちを言って、
相手が一時怒ったとしても、
自分にとって本当に必要な人は、必ず残る。」


私の信念であり、大切にしていることです。

自分に正直であり、
本気で相手に向き合うということは、
相手にとっても、自分の気持ちに気づくいいチャンス。

そのように思います。

もうひとつ、

何があっても、自分の力を信じれば生きていける。

こういう風にも思います。

WEBサクセスは、
70年以上続いている歴史のある印刷会社と、
創業16年目のソフトウェアのベンチャー企業の
共同出資会社。

当然、企業文化が違うので、
社内システムも違うし、社員への伝達手段も違います。

営業の中で育ち、外勤・出張で飛び回る人間 (岸)と、
基本的には、社内でものを書き続けている人間 (白藤)。

それだけでも、行動パターン・思考パターンが違います。

ですから、相手のことがわからなくて当然。




印刷会社の営業担当と、
印刷を発注したライターという関係ならば、
何も問題が起こらない。

言ってみれば、いいところだけ見せていればいいし、、、

でも、ひとつの会社を経営し、
仕事を請け負い、社員さんを配置して、
お客様に満足していただけるサービスを提供する同志。

そういう関係を作っていくんだ。

そう意識し始めた頃、、、

私には、どうしても納得できない!

と感じたことがありました。

カンタンに言えば、
「誠実じゃない!」 と、私は怒っていたわけです。

で、メールに、もっと考えてほしいと書き、
送信したら、怒るだろうなぁと思いつつ、

でも、これは本当の気持ちだし、ここで妥協してもうまくいかない。
冷静に書くとこのような気持ちで送信ボタンを押しました。

ぶっちゃけて言いますと、

ここで本音を言って、ダメになるようなものだったら、
WEBサクセスはいらないと思ったし、

自分なりに、仕事を得てきているのだから、
WEBサクセスがなくても、生きていける!!

そこまで考えての送信でした。

で、メールを読んだら、絶対岸は怒るよなぁ。
でも、ここで直接話をしないと、
もっとこじれるよなぁと思って電話したら、

本当に怒ってました。

そのときは、私も怒っていたので、
とくに関係を修復する気にもなれず、
お互い不機嫌なまま、電話を切りました。

そのまま、連休に突入。

休み中に、いろいろと考え、
まぁ、作ったばかりなのだし、一部考え方が違うだけなのだし、、、

さんざん怒ったので、妙にすっきりした感じでした。

さて、相手はどうかなぁと、ちょっと怖い気持ちもありましたが、
連休直後に会ったときは、ごく普通に話をしていました。

連休前から、同行営業のアポイントが2件くらいあったのが
ラッキーだったのかもしれません。

最初の「WEBサクセスいらない事件」で、

本音でぶつかっても、相手は去らない。

このような安心感ができたからこそ、

そのあと起こる、細々とした行き違いも、

ひとつ・ひとつ解決できたのかもしれません。

こうして、ホームページ屋としての地盤が出来上がってきたのでした。




休み明けすぐに、営業があると思った私、

仕事日1日目の朝、仕事の用件を書いたメールに、
ちょっとだけ、お休みに温泉に行ったとプライベートなことを書きました。

けんかのあと、最初に会った時

「温泉に行ったのだってー」

と、聞いてくれたので、ほっとした私。

ちょっとだけ、プライベートなことを書く。
ブログで学んだ、人間関係作りのひとつのコツです。

このときほど、役に立つTipsだと思ったことはありません (^^ゞ







私はこうしてホームページ屋になった その2

せっせ、せっせとマニュアルを書いていた、2006年の秋。

「緑をみたら、メディアリュウムが思い浮かぶくらい、
 このブログを浸透させよう!!」

■テクニカルライターの部屋
http://plaza.rakuten.co.jp/technicalwriter/

私はこのように、
メディアリュウムのマルチメディア本部のスタッフに話をしていました。

パッケージソフトの価格は、どんどん安くなり、
昔は5万8千円くらいで売っていた商品も、
3980円~1980円で売られる時代。

製品本体が安くなった分、資材費も削られる。

だから、マニュアルの発注金額も、下がってきた頃。

マニュアル以外に、何か見つけないと売上げが確保できない。
だから、みんな。
営業もしっかりしようよ!! そんな想いをこめて言った言葉です。

執筆の範疇を、メルマガ・テキストなどに広げ、
かつ、今までIT業界のホームページしか作ったことがないけれど、
本格的にホームページもやってみよう...
それが、私の売上げ確保・upの考え方でした。

「ホームページとブログで、人脈が広がりました。
 仕事をもらえました。」

と話をするようになった頃とも重なり、

マニュアルの受注と、ホームページの受注量が逆転したのも
2006年頃からだったと思います。

そんなときにきたオファーが、

「一緒に、ホームページ事業を立ち上げましょう。」

このとき、私はホームページ事業のてこ入れをする。そう決めていました。

ですが、私はマニュアルを書かねば、、、そんなふうに思っていました。

ホームページは蝦名が中心でやり、
マニュアルは私が中心でやろう。

それが、、、2007年になって、、、

どちらかと言えば、
岸と蝦名が進めていたホームページ事業。

自分たちのホームページを企画し始めた2007年の2月頃から、
だんだんと、私がこの事業の仕事をすることが多くなりました。

事業体を作るとなると、人事の問題が絡んだことにも関係しますが、、、

まっ、カンタンに言えば、

冬はマニュアルは比較的仕事がないといいましょうか。

仕事がひまなのが、私しかいなかったといいましょうか、、、

WEBサクセスのホームページのコンセプトを決め、
ワイヤーフレームをつくり、
コンテンツを書き、
MovableTypeをカスタマイズする。

そして、二社での事業体を動かすため、
しくみはどうするか etc

ありとあらゆることを考えた二ヶ月間。

それまでは、
実際の仕事を通してホームページ作りを学び、
理論を体系づけて学ぶ時間があまりありませんでした。

ですので、いざ執筆しようと思っても、
本当に理解できていないということが多々あり、

短期間に大量に
ホームページビジネス・ホームページ集客について調べまくり状態。

そして、WEBサクセスというひとつのアイディアを、
ホームページというひとつの形に仕上げていくことが
とても面白く・興味深い体験だったのです。

新しい喜びの発見でもありました。

そして、このときの体験で、私は大幅に成長できた。
あとで振り返ると、そう思いました。

二人が忙しかったことに感謝です (^^ゞ。

===========================================
たぶん、ほかの二人がそれほど忙しくなかったら、
三人の性格と役回り上、
私はWEBサクセスの中心にはいなかったのではないかなぁ
という気がします。
===========================================

さて、無事にWEBサクセスのホームページが出来上がった頃、、、

今でこそ、

「岸さんと白藤さんって、兄弟みたいですね。」

と、言われますが、、、 (^_^;)

あまりにも、行動パターンが違いすぎ、

「WEBサクセス、いらない事件」が勃発したのでした。

(つづく)



私はこうしてホームページ屋になった その1

1年4カ月もこのブログを書いてから言うのも何なんですが...

きみって何者??

と思われる方も多いでしょう。

私も昨日のブログ記事を改め読んでみて、
ホームページ集客のブログを書いているのか、
不思議に思われる方も多いだろうなぁと、感じました (^^ゞ

なぜに、セミナーテキストを執筆しているライターに、
WEBサクセスの専務は、ビジネスブログのサイトを共同で運営しないかと提案したのか !!


それは、、、

カンタンにいうと、

ホームページ制作部門の担当取締役が私だからです。
私が担当している部署では、
ライティングとホームページ制作で、ご飯を食べているのです。

もともと、私はソフトウェアの開発会社の企画部門で、
ワープロソフトのマニュアルを書いておりました。
いわゆるインハウスのライターです。

そして、メディアリュウムを設立したときに、
他社さんのマニュアル制作を請け負う
外部テクニカルライターになったのです。

当初、マニュアルは紙媒体で提供していましが、
そのうちに、HTML形式(ホームページ形式)で提供する必要があり、
HTMLを覚えることになったのです。

知っている人は少ない、
WindowsやMacintoshのオンラインヘルプも、
ソースはHTMLで書きます。

ですので、必然的にHTMLを読んだり、
書いたりできるようになったわけです。

そうこうしているうちに、HTMLがわかるからと
マニュアルと一緒に、IT業界の会社さんからホームページのお仕事も
いただくようになったのです。

テクニカルライターの使命は、技術者が書いた資料を見て、
一般の読者に操作手順をわかりやすく説明すること。

マニュアル制作の基本中の基本は、
操作手順を時系列に並べること。

機能別に書かれた技術者の資料から、
最初に行う操作 ⇒ 次に必要な操作 ...
と、操作の流れを作ります。
※これができないと、ユーザーはマニュアルを読んでも操作できません。

初級用マニュアル・上級者用マニュアルを作る必要上、
読者層を分析し、その読者にあった情報・言葉をピックアップする
ことも、訓練されます。

オンラインヘルプを作るときは、
いかに、画面で文章を読みやすくするか、
どのサイズでどこにウィンドウを表示したらいいか、
画面設計も行います。

また、技術者と一緒に仕事をしたり、技術者の資料をみているうちに、、、

私は、門前の小僧習わぬ経を読む状態で、
Webアプリケーションの画面設計などもするようになりました。

こうして、知らず知らずのうちに、「情報デザイン」が
できるようになっていったのです。

ということで、ホームページ屋になる下準備ができていたのです。

そうして、あの2004年騒ぎがあって、
ホームページとブログを集客ツールにする方法を知りました。

専任の営業マンがいない状態で、
仕事をとっていくには、この方法しかなかったと言っていいでしょう。

だから、ホームページやブログで、よいと言われたことは、
実行しました。

なぜなら、私が1番得意な文章で営業できると知ったからです。

実際、ブログを書き続けるうちに、
ブログセミナーの講師の仕事をいただいたり、
東京の大手企業さまから、マニュアル制作セミナーの仕事を
いただいたりできるようになってきたのです。

これはいい!!

そうして、経営者が集まる勉強会などで、

「私はホームページとブログを使って営業しています。
 専任の営業マンがいなくても、仕事の幅はこのように広がりました。」


と話しているうちに、

ホームページの案件で、呼んでいただけることが多くなったのです。

私はテクニカルライターで、マニュアルを書いていると
自己紹介していても、
実際の仕事は、ホームページ案件ということも多くなりました。

それでも、私はテクニカルライターだと思っていたし、
マニュアルの仕事をとるために、ホームページの研究をしていると、
思っていました。

そうして、これからもっと伸びるだろうホームページ事業は蝦名が中心、
もともとのマニュアル制作・ライティングを私が中心という計画でいました。

2006年の暮れまでは...


WEBサクセスのはじまり

「1度、会社に遊びにきませんか?」

2006年の秋、
やけに熱心に誘ってくれる、印刷会社の専務さんがおりました。

当時、とあるセミナーテキストを作っていた私。

マニュアル制作の経験で、テキストの校正・リライト、DTPなどは慣れていたのですが、
そのときの印刷仕様は、「フルカラー」「6穴バインダー綴じ」

マニュアルは1色・無線綴じという仕様なので、
まったく経験のない納品形態にびびった私は、
何社様かに相談のメールを送りました。

そして唯一、見積前に私の話を聞きに来てくれたのは、その専務さんです。
## それで発注を決めた私。

名前は知っていたし、会合などでお見かけすることがあったものの、
一人でお会いするのはそのときが初めて。
「あれ~? こんなお顔してらしたかしらん...」
などと、思って最初の打ち合わせをしたことを覚えております。

で、その専務さんが、何回かの打ち合わせあと、
こう言うようになったのです。

「1度、会社を見に来ませんか?」とか
「今度、印刷機を見に来てください。」とか...

テキスト制作で頭がいっぱいだった当時の私。
## そして、ビジネスには、まだまだ「うとかった」あの頃 ...

「はい。」と元気よく答えていたものの、
なぜに、遊びに行かないといけないのか... など、
ぼけたことを考えていたのでした。

後に、別の方にも 「遊びに来てください。」と言われ、
これは、何か企画書をもって、訪問してよ! と言っているんだと、
やっとわかりました。 (^^ゞ 遅いって!!

そして、11月のとある日、
その印刷会社さんを訪問しました。

「わぁーー、立派な応接室。」(最初の感想です)
思わず、きょろきょろとしてしまう私

そして、工場内を見学させていただいたあと、

このような提案を受けたのです。

「ビジネスブログのサイト、一緒に運営しませんか?」

びっくり

ブログ + ホームページで集客できているものの
リアル営業面を強化しなければ、この先やっていけない。

そのような危機感も持っていた私。

「一緒にやります!!」

即決したように思います。

これが、WEBサクセスが成立する瞬間。

想いを実現するために、
お互いに企画書を作り、具体策を練りましょうということになりました。

そして、、、

暮れも押し詰まった12月の最終週。

居酒屋で企画書を持ち合いながら、蝦名を含めて三人で
親睦もかねて打ち合わせ。

気がついたら、5時間。最終の地下鉄が出発しそうでした。

当時から、打ち合わせは長い3人でした。

新しい展開ができる!
希望をもって、2006年が終わったのでした。


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その後、、、

印刷会社の専務さんは、印刷会社の社長になりました。
もちろん、WEBサクセスの専務 岸です。

立派だなぁと思った場所で、
毎月、取締役会をしているなどと、思いもしませんでした。

Web活用塾で毎回利用しているうちに、
印刷会社の社員より、多目的ホールに何が置いてあるかわかるようになりました。

つづく
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